酒は甘くない!「痛飲」から「通院」へ

■甘い酒は女子供の飲み物だ■

昨今「甘くないお酒市場」が各酒造メーカーでの注力する分野になっているそう

敢えて公言することではなく「察し」ということで、ごにょごにょさせておくべきかもしれませんが、私は既に閉経しています

なので、性別は「女性」ですが初潮前の子供と一緒です
もしくは、オジサン
どちらかと言うと、後者のオジサンですね(^^;

と、なんだか回りくどい無駄情報開示前置き、お目汚しで失礼しましたm(__)m

私は昔から甘いお酒があまり得意ではありません

お酒のアテに甘い物は、全然あり派です
でも、逆のパターンの、甘いお酒はアテに合わないと思っています

従って「甘い酒は女子供の飲み物だ」と豪語して、あまり飲んできませんでした
ただ、貴腐ワインは美味しいので大好きです(笑)

そんな私にとっては、甘くない缶物が増えてくれると本当に嬉しい限り

■一時しのぎなだけなのはわかっている■

年齢と共にアルコールの分解に時間を要するようになってきています
毒であるアセドアルデヒドを体内に留めている時間が増えてきているので、飲酒に関しては機会も量も減りました

解毒の肝臓と排出の腎臓は「肝腎要」
労わらないと全身に悪影響を及ぼします
なるべく健康でいることは「老後貧困」回避の一助でもあります(笑)

肉体の問題もありますが、精神的にも、毒母や毒姉と絶縁して天涯孤独となり、現在は痛飲するほど飲まなくてすむようにもなっています

辛いことや嫌なこと、不安払拭のための飲酒
そんな飲酒は、その時間内だけ、様々なことを忘れられる一時しのぎに過ぎない

根本の解決には一切ならないし、かといって逃避できるわけではない
単に先送りにしているだけで、無駄以外の何物でもない
更に、先送りにすればそれがまた不安材料となるだけ

そんなことは解っている
むしろ解っているから酒量に歯止めがかからず、痛飲してしまう

そして、その痛飲を後悔してはまた痛飲してしまうという泥沼悪循環

私は、毒母や毒姉との絶縁後は、解放されて精神的に楽になったはずでした
にもかかわらず数年は、以前に増して痛飲することになってしまいました

痛飲による、文字通り痛い出来事は過去に沢山あります

非常に短期間ではあったものの、肝臓を少し壊してしまい通院することにもなりました
正確には、壊れはせずにその手前で通院により引き返せた状態でした

■弱いからとか強いからとかじゃない■

そこから崩れずに今に至っているのは、別に私が「強い」とかではありません
そもそも、強い弱いは、良し悪しでもありません

全ては、単なる偶然なだけ
「たまたま」崩れずに済んだだけ

これは、きっとお酒に限ったことではないと思います

生きていくには、完全に一気通貫の自己完結なことなど、ほぼ存在しません

直接的ではなかったとしても間接的には確実に他者との関りはあります

物事の多くは「たまたま」
その人が弱いからとか悪いからこうなってしまったなんていう、全てが自己責任だけのことなどない

だからとて、自分の責任は一切なく、全ての責任の所在が他人ということもない

なので、問題があったとて一人で抱えることも、一人で解決することもない
更に、一人で解決出来ることなど、結局一人分でしかない

■周囲に話して巻き込むことは「甘え」じゃなく「共有」■

自分に解決出来ないレベルの問題が降りかかってくることはありません
例えば、私に外交問題なんて降りかかってきません(笑)
なので、問題があれば解決できる前提で方法を模索する必要はあると思います

ただ、その問題は自分一人だけの問題ではありません

痛飲で甘くない思いをする前に、周囲に甘えるのは必須です
そして、それはそもそも「甘え」などではなく「共有」

せっかくお酒が好きなら、一生好きでいられるようにいたいですよね
なかなか、一生好きでいられるものなど存在しないのだから、大切にしたい